STORY

シングルオリジンコーヒー。
その世界を案内してくれるのは
コーヒー豆とカウンターの中の人。
優しい会話で識るコーヒーの新たな世界

人との出会いが、何かを変えていくことがある。NOZY珈琲の能城氏との出会いはスモークハウスのストーリーにも書いたが、当初は離れそうになった彼との縁が自分にとって大きなきっかけを与えてくれたと思う。

最大の変化は、コーヒーが嫌いだった、というよりも嫌いだと思い込んでいた自分が飲めるようになったことだ。それまでさんざん人の思い込みを解いてあげることはしてきた。「ビールが嫌い」という人にTYのビールを飲んでもらい「飲める!」と言わせたり、「日本酒は翌日アタマが痛い」という人に「大丈夫でした!」と気づいてもらったり…. だがかくいう自分がコーヒーに関しては強く思い込んでいたことに気づく。コーヒーは酸味や嫌なエグみが苦手….でもそれは酸化し劣化したコーヒーの味だったに違いない。能城氏とカッピングをし、アメリカを一緒に回って、数ヶ月で美味しいコーヒーやその違いについて語れるようになった自分が素直に嬉しかった。

そうやって一緒に作りはじめたザ・ロースタリーでは、彼とのシナジーが色々なところに反映されている。店に入って正面にある大きなアイランドカウンターは、スペースが足りなさそうで自分自身一度は諦めかけたが、能城氏の粘りで実現できた空間デザイン上の大きなポイントだ。360度から見渡せる空間はバリスタにとっての舞台であり、抽出されるコーヒーを待つ人たちがバリスタとどの角度で向き合うかについては彼の強いこだわりが反映されていたりするのだが、オープンな空間は同時にバリスタが周囲の誰とでも話せることを意味する。場所柄深い知識を持ったコーヒー好きだけが訪れるわけではないし、バリスタが単に美味しいコーヒーを淹れるだけではなくその一杯や会話を通してメッセージを顧客に伝え、コーヒーを知って楽しんでもらう---そんな理念も表したカウンターなのだ。コンセプト作りにあたっては、ロースタリー(焙煎所)という名前のとおり工場が持つ臨場感や無骨さを大事にし、壁のメニューを含め余計なものを削ぎ落として極力シンプルにしたのだが、一方でそうした人のコミュニケーションを通しての温かみを大切にしようという思いがこの店には詰まっている。

そんな思いは、この場所を色々な出会いや「きっかけ」をもたらす場にしてくれる。そもそもコーヒー業界にとってもこの店が新しい流れの中でひとつの大きなステップとなると思うが、自分にとってもコーヒー嫌いでなくなったことがすべてではない。これまでデービッド・キドーという偉大なクリエイターとともにレストランを作ってきたが、その一方で異分野での若いクリエイターとの新たな出会いは、自分が情熱ある若い才能に何かのきっかけを作るという役割を意識させる、大きなきっかけとなった。それはまた能城氏や創業を共にしてきた仲間たちにとってみれば、人生に大きな変化をもたらす転換点となるはずだし、あるいは能城氏を紹介してくれたスタッフ---紆余曲折の経験をしながら代官山でのアルバイトを経てこの店のチーフバリスタとなった彼にとっても同じことだろう。そんなチームで作ってきた今までにないコーヒーショップ、ザ・ロースタリーとの出会いが、そこに集う人たちの何かも変えていけたなら、と願わずにはいられない。

いつかキャットストリートでお店を開きたい。私がそう思ったのは、6年前の学生の頃だった。将来に希望を抱きながら、コーヒー片手にキャットストリートを歩きまわった日々を昨日のことのように覚えている。空いている物件を探してみたり、行き交う人を観察したりする中で、「もしこの場所にこんなお店があったら、キャットストリートがこう変わるだろうな」などとイメージしながらノートに書き綴っていた。ここキャットストリートは、個性豊かな人間が集い、細かいルールは気にせずに、個々が好きに自己表現をして楽しんで生きていいのだと、そんな気持ちにさせてくれる場所だった。また、ここから新しいカルチャーが生まれる、そんな場所にも感じていた。

2010年、「シングルオリジンコーヒー」という切り口で、新しいコーヒーカルチャーを発信しようと、三宿にNOZY COFFEE1号店を構えた。最寄駅が存在しない三宿では、そのお店をめがけて来ない限りお客様は訪れない。しかし、だからこそ敏感なお客様、意識の高いお客様が多く、そんなお客様と一緒に“高品質にこだわるNOZY COFFEE ブランド”を築きあげた。オープン当初からメディアでの露出も多く、じわじわと認知度は高まっていった。オープン時に購入した焙煎機もだんだんと生産が追いつかなくなり、そろそろ大きい焙煎機を購入し、次のステップへ進みたいと思っていた時に、寺田心平さんから今回のプロジェクトの話を頂いた。

私に迷いは一切なかった。タイミングはもちろんのこと、憧れのT.Y.EXPRESSと、そして寺田心平さんと店づくりができることに、ワクワク感を抑えきれずにいた。そのうえ場所は、あの憧れていたキャットストリート。6年前からすでにこの時が用意されていたかのようだった。その後寺田さんと一緒にアメリカ西海岸をまわり、昼はコーヒーを、夜はクラフトビールを飲みながら、コンセプトを詰める日々が続いた。「空間もクオリティも素晴らしく、スタッフも楽しくお客さんとコミュニケーションをはかっているコーヒーショップ。そんな店ができたら最強だね。」羽田空港での別れ際、寺田さんの放ったそのシンプルな言葉の裏に、緻密に計算され、理論と理論がうまく重なり合ったときにはじめて生まれる素晴らしい空間が垣間見え、そんなコーヒーショップができるのかと思うと、鳥肌が立った。

三宿で生まれ、3年かけて創り上げたこのコーヒーカルチャーが、驚くほどのスピードで広まるのを目の当たりにし、新たなコーヒー時代の幕開けを迎えようとしている。